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’22年、8月終わる

すなわち、我が70代最後の夏 の お・わ・りです。
セミの合唱も聞こえず、アカトンボの群舞も見えなくなりました。
長い間、道行く人ビトをも楽しませたであろうサルスベリの
花も散り始めました。
夏の終わりの寂しさは、青春時代から、ずっと感じ続けて
来ましたが(夏の華やかさから秋の寂しさにさながらに移りゆく
ものとして)、自分の人生がその夏を過ぎ、夏(朱夏)→秋(白秋)
そして玄冬(にもう入っているのかな)と進むにつれ、その想いは
まさります。
まして今年は年度初めから春挙に関する大きな行事(我が人生にとっては)
が続いたので、それが目の前の物としては、過ぎ去った季節を迎え送った
現在、ある種の喪失感は拭いえませんね。
しかし、考えてみれば、我が寺のご本尊(春挙作「釈迦図」)は
引き続いている「春挙展」(小野竹喬美術館~富山水墨美術館)のシンボル
として、活躍!中です。(最終は11月6日=まさに晩秋ですね)
ご本尊に「衆生済度・文化興隆・(当寺安寧)」をお願いして、
送り出しているからには、「懈怠の心」はなりませんね。
(少々はいいよね、とすぐささやく我が声が聞こえますが)
私に与えられた宿題はまだ残ってると自覚しているので、それに対しては
これからも真摯に向き合っていこうと思っています。
学生時代に、軟式テニスというスポーツに一見ほとんど無駄と思えるような
エネルギーを費やしたこと、そしてそれが今の私の骨格の大部分
を形成していること、
を思い出しながら。

  この雲は 昔見た雲 夏終わる  和子





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ロケハン2次の結果

先日記した、TV用ロケハン2次。大勢のスタッフが勢ぞろいでしたが。
一応今日の結果を記しておきましょう。
先日来られたADさんの熱意むなし、監督さんの
結論は「No」。
監督さん、一言「数寄屋づくりはねえ」、よくわかる
判定です。
良い悪いではなく、合う合わないですから、私も瞬時に納得。
ADさんはとても申し訳なさそうでしたが。(彼もこういう
場面はよく経験されてるのでしょう、謝り方もお上手)
ただ、出演者の名簿中に、尾野真千子、広末涼子などが見えてた
のは少し残念でしたが・・ただそれだけ。
夏の終わりのヒトコマ。


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シルバーさんが来てくれた

庭などの除草は、私から適時大津市シルバー人材センターにお願いして
傘下に登録している人たちが、地域的な班に振り分けられ、そこから、いわゆる
シルバーさんの部隊がやってきてくれます。
個人的にボランティアさんにもお願いしていますが、組織的な力の
結集やその道の熟練度など、強力さを要するときにはとても頼りに
なります。
こちらに戻って20年、父親の代からお願いしていて、年間約4~5回、
1回につき半日×3~4人というようなペースで毎年当所の庭・裏庭・門内・外
などを除草してもらいます。
戦力(仕上がり具合も)や費用が大体予定できるので、とても貴重な存在です。
昨日は今年の2回目として来てもらいました。
班長のDさんももう5年目くらいかな(もっとかな)。
当所の様子も熟知してもらっているので、ペース配分(戦力配置含む)も
慣れたもの。
私があらかじめ電話で相談しておいた分量を朝一番、現場で確認すると、仲間と
共にさっさと作業に取り掛かり、予定の時間が来る頃には、私のイメージしていた
姿に仕上げて貰ってます。
お客さんに気持ちよく過ごしてもらう、ある意味「かなめ」の部分を
整えておいてもらう貴重な存在(当たり前といえばそうですが)、
再確認しつつ、次の秋のときも「頼んまっせ」と頭を下げたことでした。



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昨日ロケハン、今日お墓

例年と全く違うペースで迎えた今年の夏。
ようやく来客のペースが落ち着いたこの頃。
先ず久し振りに、ロケハンの依頼。
TVの連続ドラマの一コマ用のようですが、どうしても琵琶湖畔の
しっかりした家の一角での場面が欲しいという監督の希望を受けて、
担当の人が琵琶湖の周囲を巡っておられる由。
以前別の番組のロケハンで訪れた同じ会社の先輩の推薦でワラを
掴みに来られました。(その時は、良い場所との印象は残ったが
実際の採用には至らなかった・・・当所にはよくある話)
以前は「ロケハン」と聞くと、物珍しさもあって、思わず肩に力を
入れながらご案内したものですが、「百年名家」で知名度が上がった今は
私も淡々と応対する余裕!が出ています。
担当の人はかなり気に入ってもらったようで、「次は監督を連れて来ます」
と勇んで戻られましたが・・
こういうことはよくある事。次も自然体で応じようとの考えに変わりはありません。

続いて・・
これは、夏には恒例のお墓参り。
等持院の春挙の墓に続いて、地元の、歩いて20分ほどの所にある、
春挙の両親を中心とする、一族のものです。
今年は妻が付き合ってくれました。
かなり古く(当然です)、いわゆる共同墓地の一角に、彫った字も
見難くなっていて、年に一度のお参りでは、必ず「この辺の・・これだったっけ・・」
となりますね。
妻の手前、あまりウロウロも出来ません。
今年も危うかったが、幸いにも手早くみつけることが出来ました。
管理人さんが常駐しておられるので、除草なども行き届いていて、
我々は、水を掛け、線香を手向けてよしとしてもらいます。
妻の提案で、スマホによる写真撮影も取り入れ、また歩いて、
我が家に戻ります。
途中にある喫茶店で軽くランチを食べて、今年のお参りは
無事終了。
いつまで、二人元気に歩いて、往復出来ることでしょう。
お墓参りとは、そういうことを子孫に思わせるものなのでしょうか。

  墓参り 遥々来しが 永くゐず  波津女


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8月も早いなあ

春挙展(滋賀県版)が終わって、身辺はかなり落ち着いて
いるように(自分では)思えるのですが。
身辺に整理すべきことが次々と湧いて来たり、春挙展の後半に
引き続いた拝観の予約を先延ばししたのが、結局今に押し寄せて来たり
して、なかなか落ち着きません。
ぼーっとしているよりは有りがたい事と、それぞれに立ち向かって
いますが、一番皺がよっているのが、このブログでしょうか。
暦の上で、秋が立つと、それまで喧しすぎたセミの声も一段静かに
なったように思えます。
その代わりに、アキアカネの飛び交うのが、急に眼に入るように
なってきました。
そんな昨日、2年前の春、近くの山で亡くなられた、少し年上のWさん
の追悼会が我が家でありました。
こじんまりとした会ですが、山仲間を中心に続けられてます。
ひょんなことから、私もその中に入れて貰い、今も
続きます。
私の場合ご縁の発端は、山の方でなく、例によってお酒の方ですね。
皆さん、よいお齢で、しかもお二人の奥さんの体調が万全でない
ということで、時間も昼間で、静かに故人を偲び、適当な時間に
解散とあいなりました。
生きることが長くなるにつれ、会合もこういう趣きが増えていきます。
我が座敷も庭も、かつて春挙の在世中にあったことが、父の代、そして
我が若き日々から老境へ、移りゆくあり様をさながらに眺めています。

  すべるごと 風と遊べる 夏座敷  ひろし


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後の半年早や2か月目

しかも早や一週目が過ぎます。
後を振り返ることを極力せずに、一生!を過ごしてきた
(要するに無反省に生きて来た)私ですが、最晩年に辿った
この半年のさまざまの経緯(ゆくたて)は老い先長くない(と思わざるを得ない)
これからの日々にも度々(良い意味で)振り返ることになるかも知れません。
それは、かつてただ一すじにスポーツに打ち込んだ青春の日々をときに
思い浮かべるように。
「無為自然」は我が一つの理想ですが、それを思った瞬間に、「無為」でなくなる
このわざとらしさ。
否応なく感じる「とき」の疾さの中で、現にある(ように見える)
「蘆花浅水荘」という春挙の作品に、孫としてどう立ち向かう
のが一番よいのだろう・・一番よいなんてあるのだろうか?
やっぱり「無為自然」か・・
こんなところに書くべきか、とまどいながら、消さずにおいた
真夏の夜のたわごとです。

  日焼けあせ 八月の日も とぶごとし  登四郎
また
  八月の 雨脚太く 地を打てる     麻紀


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